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あなたの町の土木遺産を知ろう 隅田川に架かる橋(駒形橋など)
図-1隅田川の道路橋(★1)

皆さん!技術部長の羽田です。第1回の「六郷水門」はいかがでしたか?話題が一杯ありましたね!私も知らないことが多々ありましたよ。第2回目は、東京都の「隅田川に架かる橋(駒形橋など)」を取り上げます。駒形橋は、隅田川に沢山架かる橋の一つですよ。では、六郷課長!紹介を恙無くお願いします!!
それでは、今回も私六郷が、皆様のナビゲーターを務めさせて頂きます。まず、「駒形橋」のある「隅田川」について説明させてもらいます。「隅田川」には、鉄道橋や通信橋などを除く、概ね35橋ほどの橋梁が架けられています。隅田川の下流域だけでも、桜橋、言問橋、吾妻橋、駒形橋、厩橋、蔵前橋、両国橋、新大橋、清州橋、隅田川大橋、永代橋、中央大橋、佃大橋、勝鬨橋(かちどきばし)、築地大橋、レインボーブリッジの16橋の道路橋が挙げられます。この内「土木遺産(東京都)」に選奨されているのは、「駒形橋、蔵前橋、清州橋、永代橋」の4橋です。さらに、国の重要文化財に指定されているのは、「清州橋、永代橋及び勝鬨橋」の3橋ですよ。
ここで、隅田川の言われを紐解いてみます。平安時代の「伊勢物語(★2)」の有名な「東下り」(昔、男ありけり)では、「すみだ川」という和歌が詠まれていて、この「昔男」は、なんと「在原業平(ありわらのなりひら)」であるとされています。
【なほ行き行きて、武蔵の国と下総(しもつふさ)の国との中にいと大きなる川あり。それを「すみだ川」といふ。その川のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかな、とわび合へるに、渡し守、「はや船に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに乗りて渡らむとするに、・・・・・京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥」と言ふを聞きて、

この歌は、皆さんが高校の時に古文で勉強した有名な歌ですから、覚えているのではないでしょうか。I remember the classical Japanese literature that learned in high school. I was good at classical Japanese literature in high school.
六郷課長!!この昔男が渡った「すみだの渡し」は、律令時代(835年)の太政官符には「住田の渡し」と記録があり、最も古い隅田川の渡しと言われていて、現在の白髭橋付近ではなかったかと推測されているようですよ。「すみだ川」の呼び名は、古くから「住田」、「墨多」、「澄田」などと呼ばれてきましたが、1965年の河川法により正式に「隅田川」の名称となったようですね。(★3)それにしても、隅田川の渡しは、結局両岸に行き交う場所がなければ、必要はないでしょうが、どの程度の渡し場があったのですか?気になりませんか? 六郷課長!!

山王係長! 良い指摘ですね、恐らく28~30程度はあったのでは!その中でも、竹町(いわゆる駒形の渡し)、富士見の渡し(蔵前橋の下流)、一目の渡し(両国橋の下流)、安宅の渡し(新大橋)、中洲(なかず)の渡し(清州橋)、白髭の渡し(白髭橋)、佃の渡し(佃大橋)、勝鬨の渡し(勝鬨橋の下流)などが知られていたみたいですね(★3)。
図-2「懐中東京案内」(★4)
図-3「住田の渡し」(★5)

隅田川沿いの地層は、皆さんも良く知っている「東京低地」に堆積した「有楽町層」が広く分布し、軟弱地盤が厚く堆積した地域です。有楽町層の主体は、N値が3未満のゆるい海成泥層で、最上部は、砂泥互層を伴う地層で東京低地の全域に分布しています。なお、武蔵野台地から東京低地にかけた地質断面をみると、下位から上総層群、江戸川層、東京層、埋没段丘堆積層、七号地層、有楽町下部層、有楽町上部層が堆積しており、七号地層は、基底礫層と砂泥互層とからなる陸成層で、有楽町層に比べて固い地層です。
図-4 武蔵野台地から東京低地にかけた地質断面(★6)

六郷課長! では早速ですが、なぜ、今回、駒形橋を選んだのですか!!その他にも、蔵前橋、清洲橋、永代橋、勝鬨橋などがあるのに、土木遺産と国の重要文化財との両方が認定されている「清洲橋・永代橋」も捨てがたいのになあ?

六郷課長!! 大森係長!!私も少し調べてみました。隅田川の下流箇所に架橋された橋について表にまとめておきました!!どうです私もやるでしょう・・
表-1代表的な隅田川の橋の諸元(★7)
採用された基礎形式をみると圧倒的に「ニューマチックケーソン基礎が多い」ことがわかりますけど!駒形橋は、橋台及び橋脚ともに「木杭」が使われていますが。
「雪谷さん」すごいことに気が付いたね。すばらしい!!駒形橋は、大正12年の関東大震災(1923年)後の「復興事業」の一環として、古くから「駒形の渡し」として交通の要所(遊郭のあった吉原の往来のための渡し)であった付近に架橋されたようです。また、駒形の名前は、浅草の「駒形堂(通称こまんどう)」に由来しているとされています。
駒形橋は、昭和2年(1927年)竣工で、令和6年に選奨され、その選奨理由は、『隅田川に架かる関東大震災の復興橋梁であり、国内で初めての本格的な「鋼中路式アーチ橋(中央径間部):路面が主桁の中間部にある形式の橋」として歴史的に価値の高い貴重な土木遺産』であるとの内容です。(★8)なお、側径間(両端側)は、上路式アーチ橋です。
隅田川沿いの橋梁の復興には、当時の復興局土木局長の大田圓三や橋梁課長の田中豊らの指導により、隅田川6橋の復興事業がなされ、その際、米国ニューヨークにあるニューマチックケーソンの施工会社である「New York Foundation Co.」から施工機械一式の購入と、米国人技術者3名を招聘して、永代橋、清洲橋等の橋梁下部工の基礎工事をこのニューマチックケーソン工法で施工しています(★9)。したがって、隅田川沿いの復興橋梁の基礎は、軟弱な有楽町層であることから「駒形橋」や勝鬨橋を除く多くの橋で、このニューマチックケーソン基礎(空気潜函工法で、ドライ状態の施工ができる、支持層を直接確認できるなど)が導入されたようです。この工法は、あらゆる土質に対応でき、水上施工が可能で、地震時の抵抗力に優れており他の工法に比べ経済的ですが、当時の施工現場では、潜函病(減圧病)による被災者も多数存在したようです。潜函病は、気圧の高い作業場から気圧の低い地上に戻った時に、関節の痛み、皮膚のむくみ、手足のまひ、意識障害などの症状を起こす病気のことです。
六郷課長!!Why were wooden piles as the foundation for the Komagata Bridge?
I don‘t really understand! It‘s very mysterious !!
山王係長! 恐らく、下部工の基礎地盤の状態がよかったからではないのでしょうか!橋梁建設時には、基礎形式を選定するためのボーリングによる地盤調査を行っているのではないですか?木杭を基礎に設けることは古来より行われています。地盤状態がよければ、木杭でも十分支持力を確保できますし、地下水位以下ならば永年劣化の影響はほとんど受けないことは、よく知られていますね。どうですか六郷課長!!
写真-1駒形橋(東京とりっぷ)
図-5駒形橋の設計図(★10)
山王係長! 大森係長のご指摘の通りです。駒形橋の建設時に復興局の地盤調査(4本のボーリング柱状図が掲示)があったようで、「川底から3mほどは良質な砂礫層」が認められた(★10)ようですね。その結果を反映して「木杭」基礎を採用したようです。図-5の駒形橋の設計図を見ると、土質柱状図の他に、橋台及び橋脚ともに、「群杭」が使われているように推測されます。一般に、粘性土地盤における群杭は、杭を支える地盤の範囲が重複することから、群杭の1本当たりの支持力が単杭より小さくなると言われていますが、「砂質地盤上の群杭は締固め効果により支持力を増す」とされています。つまり、駒形橋の下部工の基礎は、杭の支持力が確保できる砂礫層厚が3mほど分布していたこと、さらに木杭を群杭にすることで、群杭効果を最大限活用したことなどが考えられます。
写真-2清洲橋(東京とりっぷ)
写真-3永代橋(道路Web)

そうそう、木杭と言えば、イタリアのヴェネツィアの街が有名です。当時、多量の杭を沼地の中にすき間もないように打ち込んでヴェネツィアの街が造られています。特に、「リアルト橋」が知られていますよ。木造の橋で、1561年頃に大理石のアーチ橋に造りなおされていますが、この橋の橋台部には、段階式に木杭(群杭)を多用しています。なお、塩野七生(ななみ)「海の都の物語」には、ヴェネツィア建築の基礎として当時使用されていた木杭についての記載(★11)がありますので、一度読んでみて下さいね!
写真-4リアルト橋(★12)
図-6ヴェネツィア建築の基礎(★11)
六郷課長!!色々説明して下さって感謝です。I realized that enough geological surveys and laboratory tests are vitally important when constructing structures.
最後に、隅田川では、正岡子規が向島周辺の景色を好んで、歌を詠んでいますね。
「隅田てふ 堤の桜 さけるころ 花の錦を きてかへるらん」(★13)
「桜さく隅田の堤人をしげみ白髭までは行かで帰りぬ」(★14)
「雪の日の隅田は青く都鳥」(★15)


写真‐5台東区隅田公園「花」の歌碑(★16)
「春のうららの 隅田川 のぼりくだりの 船人が、櫂(かい)のしづくも 花と散る ながめを何に たとふべき・・」
この歌では、一番の歌詞には、源氏物語「第24帖胡蝶」に出てくる和歌が元になっているみたいです。
「春の日のうららにさして 行く舟は棹のしづくも 花ぞちりける」や三番に出てくる「一刻も千金」なども中国の北宋時代の詩人「蘇軾」(そしょく)の歌「春夜」に由来した言葉が使用されたようで全く知りませんでした!(★17)
雪谷さん!! その通りです!よく調べましたね。「蘇軾」の歌で詠まれた歌詞は、四字熟語などでもよく知られていますよ。「春宵(しゅんしょう)一刻値千金」です。
皆さん!! 今回の「隅田川に架かる橋(駒形橋など)」はいかがでしたか! 色々な話題が満載でした。予定の枚数も完全に超過してしまいましたので、今回はこの程度にさせて頂きますね。皆さんも隅田川沿いの橋巡りと桜並木や周辺の散策など是非遊びに来てください!隅田川沿いの町々には、きっと新しい発見があるはずですよ!! (六郷拝)
<引用及び参考とした文献類>
★1 隅田川の道路橋:道路WEB(原図:東京都観光汽船HP).
★2 伊勢物語「東下り」:shikinobi.com.(四季の美).
★3 Wikipedia,www.city.sumida.
★4 懐中東京案内:www.benricho.org.
★5 住田の渡し:manapedia.jp(原図Wikipedia).
★6 東京都の模式地質断面:articles.mapple.net.
★7 代表的な隅田川の橋の諸元:道路WEB, www.library-jsce.jp など.
★8 駒形橋の選奨概要:土木学会選奨土木遺産委員会.
★9 平川修治:「わが国におけるニューマチックケーソン工法の歴史(その2)」,第7回土木史研究発表会論文集,1987年6月.
★10 駒形橋の設計図等:coretokyoweb.jp.
図-7ニューマチックケーソン工法
のイメージ (★18)
★12 リアルト橋:ものづくり大学建築学科大垣研究室資料.
★13 正岡子規の歌(1):tanka-textbook.com.
★14 正岡子規の歌(2):plaza.rakuten.co.jp.
★15 正岡子規の歌(3):松山市子規記念博物館.
★16 隅田公園の「花」の歌碑:irohaameguri.jp.
★17 「花(春のうららの隅田川)」:www.worldfolksong.com.
★18 ニューマチックケーソン基礎工法:日本圧気技術協会.
★19 橋梁の名称:中部道路メンテナンスセンター.
図-8橋梁の各部の名称及び「中路橋」のイメージ (★19)
以上
